愛媛県 中村知事にお話を伺いました。
澁谷:愛媛県には「愛(あい)のくに えひめ営業本部」という部署があり、民間企業の部署名のようで非常にユニークですが、設置された背景とその成果について教えてください。
知事:愛媛県の地域経済を活性化させるために、私自身が総合商社出身ということもあり、県に「ものを売る機能」を持たせることはできないか、と考えました。そこで、情報発信力・売る力が総じて弱い中小企業等の支援を目的に、全国の自治体に先駆け、平成24年度に営業本部を設置しました。当初、県庁内部には「営業」という概念が無かったので、県職員に対して、まずはビジネスとは何ぞや、という講義を自ら開きました。そして私自身が三菱商事株式会社、三井物産株式会社、伊藤忠商事株式会社、住友商事株式会社、丸紅株式会社、双日株式会社の商社等に出向き、商談やプレゼンテーションを行うことで、同行していた県職員にビジネスのノウハウを伝えることから始めました。
澁谷:知事自らプレゼンテーションや商談をされたのでしょうか?
知事:はい。頭では分かっていても実際の経験がない場合、何から始めたらよいか分からない、緊張して思った通りに伝えられないことがあると思います。それならば、プレゼンテーションや交渉の場を実際に見てもらった方が良いと思ったんです。また、羞恥心を捨ててがむしゃらに前に進んでいける人材を1年間でじっくりと選定して営業本部に配属したり、民間企業の感覚を大切にするため訪問件数・商談会等開催件数・商談等提供企業数を四半期ごとに報告したりすることで、今では、営業の視点、民間の感覚が職員に浸透し、スピード感のある活動を実践する場面が増えてきたと思います。
澁谷:こうした精力的な意識改革で、営業本部では順調に成果を伸ばされているんですね。
知事:はい。「実需」の創出に積極的に取組み、実際に成約数も増え、最初は国内、そして海外へとその成果は順調にステップアップしています。民間企業はトップセールスをしたら、その後の継続的なフォローが非常に重要になりますよね。営業本部では特にそこを大切に営業展開しています。
澁谷:海外も視野に入れて営業展開をされているのですか?
知事:はい。海外の市場分析もしっかりと行い、(1)近年の経済成長(2)政情安定(3)日本食や日本文化への関心(4)富裕層の拡大、の4つの条件等から分析し、ターゲットゾーンを分類しています。今年もタイ、ミャンマー、台湾、マレーシアを訪れ、マーケット調査を行い、どこで何を販売するかを見極め各国によってアプローチ戦略を変えています。
澁谷:細かいマーケット調査を行う点は、総合商社にいらっしゃった中村知事ならではですね。ところで、愛媛の「スゴ技」「すご味」「すごモノ」データベースを拝見しました。多彩な愛媛県産品の情報が詰まっていますね。こちらはどのように活用されているのですか?
知事:愛媛県では、日本屈指の高い技術力や優れた製品を「スゴ技」、県産の食材・食品を「すご味」、伝統的特産品等を「すごモノ」としてそれぞれデータベース化し、営業活動の主要ツールとして、国内外に対する効果的な情報発信・営業力の強化を図っています。
まず、「スゴ技」データベースです。県内のものづくりの技術力を持った中小企業を掲載し、Webには掲載各社の独創性や競争力を有する技術・製品をさらに詳しく紹介しています。これらのものづくり企業の営業力の弱さをカバーするために「スゴ技」データベースを作成し、営業ツールとして活用しています。
次に「すご味」データベースです。「『愛』あるブランド産品」をはじめ、優れた愛媛県産食材・食品を紹介しています。豊富なラインナップを誇る柑橘類をはじめ、青果や畜産、水産、日配、グローサリー、スイーツ、菓子、酒等のカテゴリーに分け、商品写真や希望小売価格、原材料、バイヤーが望む情報を掲載しています。作成時は伊予銀行の協力を頂き、大塚頭取との対談を盛り込み協賛もして頂きました。
そして、「すごモノ」データベースです。今治タオルや砥部焼、真珠、水引などの県の特産品を掲載しており、愛媛の高い技術力や愛媛県産品の素晴らしさを対外的に広くアピールするツールとして活用しています。
澁谷:詳細な情報や鮮明な写真を掲載することで、営業活動のツールとして非常に大きな役割を担っているんですね。愛媛県は、平成27年度に、「愛媛あかね和牛」、「伊予の媛貴海(ひめたかみ)」、「愛媛Queenスプラッシュ」の新ブランド3産品を発表されましたが、愛媛県の農林水産物・加工食品等のブランド化についてお聞かせください。
知事:まず、牛肉の「愛媛あかね和牛」です。こちらは「媛っこ地鶏」、「愛媛甘とろ豚」に続く、畜産研究センターが新ブランドとして5年の歳月をかけて開発した愛媛生まれ愛媛育ちのブランド牛です。
松坂牛や近江牛等のブランド牛に代表される黒毛和牛は、いずれもサシといわれる脂肪が細かく入った霜降りが特徴です。「愛媛あかね牛」は、あえてこのサシを抑え、赤身と脂肪のバランスを重視して開発されました。昨今の消費者の嗜好が、これまでの霜降りから、赤身・うま味に変わってきていることに着目し、健康志向の女性をメインターゲットにした新しい和牛です。開発の結果、脂肪分15%減、グルタミン酸2.5倍というヘルシーな美味しさを実現させました。名称の「愛媛あかね和牛」は、おいしい赤身とさっぱりした脂肪のバランスが織りなす肉の色合いが、夕焼け空のあかね色を連想させ、また、ひらがなを使うことで、柔らかさや優しくヘルシーなイメージを表現しています。
次に「伊予の媛貴海」です。これは、水産研究センターが愛媛大学南予水産研究センターと連携し、平成25年度から完全養殖の研究に取り組んできた「スマ」という魚です。日本ではこれまで、マグロの消費量が高く人気がありましたが、世界的に漁獲規制が厳しくなっています。そこでマグロの養殖が注目を浴びますが、マグロは大きすぎて店舗での扱いが困難なんです。スマはマグロの味に近く、大きさも2.5~3kg程度とマグロより小型のため1本買いが可能となり、小回りの効く新たな商品として1つの市場ができるのではと思い目を付けました。
非常にきめが細かいなめらかな食感と、マグロのトロのような味が特色で、これまでにない新しいタイプの魚に仕上がっています。希少性が極めて高い愛媛の貴重な海の恵みという意味を込めて、愛媛の媛に貴い海「媛貴海」と命名致しました。
最後に、柑橘の「愛媛Queenスプラッシュ」です。これは優れた食味や甘さが特徴のブランド柑橘「甘平」のなかでも、一定の品質基準をクリアした最高品質の特選品を抽出してブランド化したものです。命名のコンセプトは、大人の女性の品格を「クイーン」で、甘平独自の果肉のプチプチした食感とジュワッとした濃厚な甘みが口の中いっぱいに広がるイメージを「スプラッシュ」で表現しました。また、あえて片仮名にさせていただいたのは、輸出対応の戦略品としても位置付けていきたいと考えていること、また、柑橘を食べたい若年層への需要拡大を期待してネーミングしたものです。
澁谷:他地域との差別化に加え、ブランド化はネーミングも非常に重要になりますね。その他にポイントはありますか?
知事:ものを売るには営業戦略が大切ですが、素材が良くないと長続きはしないですね。良い素材を作るポイントは、県の技術職員の力です。これまでは、技術職員は表にでてくることは少なかったですが、縁の下の力持ちの方々にスポットを当て、取材をしてほしいとマスコミにお願いしました。彼らが愛媛県の経済を支えていることを、より多くの方に知ってほしかったんです。テレビ出演すると、やる気が倍増しますし、他ジャンルの技術職員間でも刺激が生まれ、切磋琢磨することで良い相乗効果が出ています。
澁谷:愛媛県はサイクリングを活用した観光振興にも非常に力を入れていますね。その意図は何だったのでしょうか?
知事:はい。賑わいを創出する仕掛けとして、一過性では終わらない「自転車新文化」を広める事からも「実需」の創出に努めてきました。自転車は単なる通勤通学の道具でなく、楽しむツールとして私達に健康・生きがい・友情をプレゼントしてくれるという新しい文化を愛媛から全国に広め、その聖地として「しまなみ海道」を知ってもらい、世界に情報を発信することが目的です。2014年、日本で唯一、アメリカCNN(ケーブルニュースネットワーク)で「世界で最もすばらしい7大サイクリングコース」に認定され、素晴らしい景観を誇るしまなみ海道が世界に広まってきています。これで終わらせるのではなく、しまなみ海道以外にも愛媛県内にはサイクリングコースに適した場所がたくさんあることを発信し続けるために、愛媛県内の全20市町長や経済界の方々とのサイクリングの実施、マイ自転車の購入、自転車新文化推進基金の設立、毎年11月の第2日曜日を愛媛サイクリングの日に制定する等、様々な取組みを行っています。愛媛サイクリングの日には20の全市町でサイクリング教室等のなんらかのイベントを行い、県全体での賑わいを生み出しています。
澁谷:最後に、「地方創生」についての愛媛県の取組み、知事の考えをお聞かせください。
知事:「地方創生」とは、地方が創意工夫を凝らし、地方の実情に合った、地方独自の取組みを積極的に進めることで、地域を活性化させていくことこそ本質と考えています。愛媛県では、国の地域活性化策に先駆けて、具体的な需要である「実需」に徹底的にこだわった本県独自の地域活性化策を実施してきました。「地方創生」を成し遂げるためには、国が地方へ権限や財源を大幅に移譲し、地方ができることは地方に任せるといった姿勢が重要であり、私も様々な場面で国に対する働きかけを進めてきました。
地方が抱える構造的な課題を克服するために、「地方創生」という理念は極めて重要であると考えていますが、国においては、地域の実情を十二分に踏まえ、地方のアイデアや独自施策を尊重したきめ細やかな政策の展開や、全国一律的な上からの政策の押し付けにならないよう、引き続き働きかけを継続していきたいと思っています。